辺境地域を出発してから数時間、タクト達を乗せた艦は白き月が望める宙域まで来ていた。 そこの艦からの眺めは、白き月だけでなく、トランスバール本星も視界に入れることができる。 そしてその光景を目にして、タクトの表情は確信の笑みへと変わった。 「よし、このまま白き月へ着艦するぞっ」 タクトは珍しく司令官ぶってアルモに指示する。 その指示に多少の驚きを見せつつも、アルモは「了解っ」と一言返し、パネルを叩く。 そして数分後、着艦を知らせる振動がタクトの心身を揺らす。 「よし、みんな白き月へ降りるぞ、エンジェル隊が待ってる!」 そうクルーに言い残し、タクトは一目散にブリッジを出て行った。 「おい、タクト!ちょっと落ち着け!!」 と、静止しようとするレスターの声を無視して・・・。 必死に艦内の廊下を走り続けるタクト。 時折クルーとぶつかりそうになるが、間一髪でかわしていく。 しばらくして、タクトは艦と白き月を隔てる最後の壁の前にたどり着いた。 「ここを開ければ、みんなに・・・、ミルフィーに会える・・・」 タクトは荒い息を飲み込み、静かにスイッチに触れた。 そして、タクトが息を吐くのと同時に、ドアの隙間から月の中の空気がタクトの頬をなでる。 ・・・何度目だろうか、白き月の中を見るのは。 そう思いつつ、艦から一歩踏み出し、あたりを見回す。 周囲には他の艦はなかった。 「タ〜クト〜!!」 自分を呼ぶ声の方向に目線を落とす。 と同時に、懐かしい光景が飛び込んできた。 一人は金色の髪をなびかせ自分の名を力いっぱい叫び、一人は軍帽を被り、手に持ったリボルバーを頭上で大きく左右に振り、こちらにアピールしてくる。 一人はスカイブルーの髪からかわいらしく突き出た耳をパタパタさせ、一人は両手を胸の前で組み、こちらを見つめている。 4人の少女達は、エルシオールで一緒だった時となんら変わらない様子だったが、タクトは少々違和感を覚えた。 ピンクの髪に花をあしらったカチューシャ、そして常に明るかったあの表情。 (そうだ、ミルフィーがいない) だが、その違和感を悟られないように笑顔でタラップを降りる。 そして、タクトは白き月の地を踏んだ。 「やぁ、みんな元気そうだね、もうすぐレスターたちも来るよ」 タクト自信としては精一杯のごまかしだったが、彼女達・・・いや、彼女には通用しなかった。 「あら、ミルフィーさんがいないのが残念ですの?」 ミントが唇に人差し指を当て、白い耳をパタパタさせながら訊ねてくる。 「う・・・、やっぱりミントには通じないか・・・」 図星を突かれ、少々後ずさりするタクト。 ミントは、テレパシストである。 人の表面的な心理を読むことができ、紋章機を操る原動力ともなっている。 彼女の力を改めて知り、また少し後ずさりするタクトに対し、リボルバーを持った女性が彼の胸にそれを当てて言葉を発する。 「ミルフィーはエンジェル隊を辞めたよ、ちょうど1週間前、このプロジェクトが発足した日にね」 彼女からつきつけられた言葉は、まるで胸に当てられた銃口から発射された銃弾のようにタクトに突き刺さる。 同時に、少々荒かった息がまた荒さを増す。 「ミルフィーが・・・?」 そして、タクトの全身はコンクリートで固められたかのように硬直した。 「まぁ、理由は後から話す。でも、まだ白き月にはいるよ」 そういって、彼女は銃を持ってない方の手でタクトの正面にあるゲートを指差した。 「とりあえず、ミルフィーに会うのは後にして、プロジェクトの進行をさせてもらうよ。はいっといでー!」 その声に応じるかのようにゲートが開き、3人の少女が姿を現す。 中央には美しい黒髪に赤いリボンが特徴的な少女が、やや緊張気味に立っている。 右には銀髪にアクセントのある真紅の前髪、そして生き物のような帽子を斜めに被った少女が、自信にあふれた表情で立っている。 左にはブラウンの髪に、海賊のような髪留めが印象的な少女が、柔らかに笑って立っている。 そして3人はタクトたちの元へゆっくり近づいて敬礼する。 まず、中央の少女が一歩前へ出た。 「ムーンエンジェル隊に配属となりました”烏丸ちとせ”です、階級は少尉です」 黒髪の少女はそう名乗り、一歩下がった。 次に、右の少女が前へ出る。 「同じく”ライカ・D・ナット”です」 そう一言残し、下がる。 最後に、左の少女が一歩踏み出す。 「同じく”ティアラ・モンブラン”ですぅ、よろしくお願いします」 そう言って彼女はペコリと頭を下げた。 「タクト・マイヤーズ大佐、あなたの話はシュトーレン大尉から聞いています。今後の指導、よろしくお願いします」 3人を代表して、ちとせが言う。 「ああ、よろしく。もうすぐプロジェクトに入ってる他の二人も来るはずだから、ちょっと待ってもらってもいいかい?」 そういってタクトは彼女達と握手を交わした。 それが終わった後、タクトの背後から扉の開く音が聞こえる。 「おいタクト、俺達二人を置いて勝手に飛び出すな!」 レスターが息を整えつつ言う。 「ん、その3人は新入りか・・・?」 レスターの目線は、タクトから3人の少女に移った。 後に続いていたアルモも、タクトに一礼して彼女たちに目線を移す。 タクトは、タラップを降りてきた二人に彼女達を紹介した。 自分の名前が呼ばれると、レスターたちに一礼する彼女達。 そして、話はようやく本題へ入る。 「で、再びエルシオールに乗って、エンジェル隊の実戦訓練をするってわけね・・・、俺の指揮の下で」 タクトの言葉にフォルテは静かに頷く。 それを見て彼はハハハと乾いた笑いを返した。 「まず疑問が2つ、3人の紋章機はどうするのか。と、ミルフィーはなぜ除隊したのか・・・。だね」 「そうだね、まず紋章機の話だけど・・・」 「その話は、私の口から言わせてください」 フォルテの言葉をさえぎり、ライカが口をひらく。 「紋章機については、白き月で既に2機新しく発見されていて、6番機は烏丸少尉が搭乗予定です。7番機に関しては保留のままになっています」 「それじゃぁ、君とモンブラン少尉は・・・?」 「まず、私とティアラの紋章機ですが、私自身で作りました。ですが、完璧に再現したわけではなくて、不明な部分はオミットしてあります。 簡単に言えば、量産型みたいなものです。」 ライカの言葉を耳にして、タクトは驚いて目を丸くする。 「え、えぇ〜!?も・・・紋章機を作ったって・・・」 それをなだめるようにフォルテが話す。 「タクト、この子はセントラル工業専門学校でクロノストリングエンジンを専攻してたのさ。 エルシオールにも当時整備班として配属されたんだけど、量産型とはいえ紋章機を作ったこともあって今回のプロジェクトに参加することになったんだ。 ちなみに、ティアラとは幼馴染だよ」 彼女の補足にライカは静かに頷いた。 「そうなのか・・・。いやぁ、天才だなぁ!」 「いえ、それほどでも・・・」 アハハと笑うタクトを見て、ライカは恥ずかしそうにうつむく。 「ところで、二つ目の疑問なんだけど・・・」 その言葉を聞き、今度はランファが口を開く。 「それについては私が話すわ。ミルフィーは、今までの強運がなくなって、紋章機も動かなくなったから除隊したのよ。まだ月の巫女として白き月にいるけどね」 それを聞いてタクトは再び愕然とする。 「そ、そんな・・・、運がなくなったって・・・」 呆然とするタクトを見て、ミントが話す。 「運が消えた理由はわかりませんわ、ただ・・・」 「ただ・・・?」 ミントはため息と同時に言葉を出す。 「あの不発弾着弾から、様子がおかしかったのが、何か関わっているのかもしれません」 それを聞いて、タクトの表情が暗くなる。 「そうか、やっぱり・・・」 あの時の光景が脳裏によみがえる。 そして、自分の言葉が再び心に響く。 それを見たレスターが彼の肩をポンと叩く。 「タクト、今はプロジェクトが先だろう。とりあえずエルシオールに向かうぞ」 「ああ・・・」 タクトは、レスターの言葉を心に刻み、エルシオールへ向かった・・・。